「おろしや国酔夢譚」

井上靖
文芸春秋

日本史の授業で聞いたことがある。江戸末期ロシアに漂着し、10年後日本に帰ってきた大黒屋光太夫という人物の物語。
この「おろしや国酔夢譚」によれば、私の想像以上にドラマティックで、光太夫にとっては過酷な出来事だった。
ロシアの東端に漂着し、日本へ帰国するためにロシア政府にはたらきかけつづけての10年。その間に16人いた仲間が病を得て次々と死に、最後に無事日本へ帰ったのは2名。その10年間倦むことなく行動しつづけた光太夫の生き方を、自分の人生とひきくらべて考える。

光太夫は探検家のように自分から困難を求めてロシアにわたったのではなかった。単に伊勢から江戸へ米を運ぶ途中で、たまたま漂流してしまったに過ぎない。そこで彼がしたことは、訪れる出来事に対してその都度精一杯の行動をとることだけだ。
大きな運命の流れに対して、基本的に人間は受け身だ。運命は選べない。それは私が私としてこの世に生まれたことに逆らえないのと同じ。「人生の選択肢」なんて存在するように見えてもそれは大きな運命の流れの中のほんの小さな分かれ道に過ぎない。
私は私として、この時代に、この血のつながりの中に、この土地に、生まれた。私のできることは、この運命を甘受して精一杯生きることでしかない。

光太夫にはできたこととできなかったことがあった。彼ともう一人で日本へ帰ることができた。何人もの仲間を助けることができなかった。彼は運命を真っ向から受け止めて全力を尽くした。その結果がこれだった。
日本へ帰ってからの光太夫については伝えられておらず、果たして彼が幸せだったのか、日本へ帰ってきた事がよかったのかどうかもわからない。

ただ私は、結果ではなく彼がこのように生きたことを私の指針としようと思う。
運命には逆らえない。しかし流されず、真っ向から受け止めて生きぬいてみせよう。 (2001.2.17)

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