講談社文庫:1995年初版
夢を果たそうとする気持ちを忘れたくなくて読み返しました。
主人公のショウジショウイチは、アルバイトをして日銭を稼ぎ、劇団の稽古に行って先輩にののしられ、何のためにこんな辛い思いをしているのかわからなくなってゆく。でも、これをやめたら自分には何があるのだろう、と思う。
バイト先のたこ焼き屋から稽古場へ向かう道すがら、ふと何もかもが厭になってしまう。このままパチンコでもして、銭湯へ寄って、ビールを飲んで眠ってしまおう、と思う。でも、そんな形で芝居をあきらめてしまったら、明日から何をすればいいのか。たこ焼き屋を本職にして、日本各地のお祭りを回るか?
そうやって悩みながら、苦しみながら、でも夢を追っている姿を、うらやましくも思う。 でも、私は夢を果たすために何もしていない。 いつも、そう思う。
夢を追って必死に過ごしている人をみて、美しくないけど、哀しいけど、とても胸を打たれる。
じゃあ、自分もそんな風にできるかというと、できずにいる。
だって、とりあえずお金を稼いで、生きていかなくちゃいけない。
両親にだってお金を送らなくちゃいけない。
そんなことを理由に、夢を果たすこと、は私の中でずっと保留になっている。
会社づとめをはじめて、こうやって毎日会社に通って、仕事をして、そう、今の仕事は楽しいけれど、でも、こうしていたらあっという間に時がたって、私が保留にしていた私の夢は、果たされようとすることもなく私の人生の時は尽きてしまうのかなあ。
そう思って、ときどきひどく胸が苦しくなって、なにかしようとおもうのに、
また会社へ行く朝が来るとそんなことは忘れたかのように生活をはじめる自分。
日常に流されたくはないのに。
いや、毎日会社にいって、仕事をして、お金を稼いで生活することがとても価値のあることだとも知っている。夢を追うことに比べて、決してそれは劣っていない、とても立派なことだ。
だけど。