ガンガーにつかったりしたら病気になるよ、なんていわれたけれど、一度も体調を崩さず、おなかも痛くならなかった。何の心配もいりませんでした。
ごはんもみんな美味しくて。
ヴァナラシは汚い街でしたが、それをカバーしてありあまる魅力がありました。
ガンガーに引き寄せられるたくさんの人のエネルギーみたいな。
私の汲んできたガンガーの水は、今も澄んでいて、小さなちりが沈んでいますが、きれいです。ガンガーの水はシヴァ神の髪の毛だから、腐らないとみんな言っていました。
今度行くときは、同居人と娘を連れて。 同居人はインドなんてあんまり興味ないみたいだけど、どうしても、見てみてほしい。
私はガンガーを見ようと思っていたのだけれど、実際に見たのはガンガーにまつわる人間でした。
そして、私がずっと求めている、探している「何か」がガンガーで見つかったかどうか。
私は、もう焦っていません。
しっかりと捉えられたわけではない、求め続けることに変わりはないのだけれど、それが「ある」ことを信じられるようになりました。「ある」から、焦らなくていい。それは逃げてゆかない。
あせらずに、でも、求め続けていれば。
そう、人生の終わりまでには紙風船みたいにふわっと、私の心にやってくるような気がします。(2004.1.8)
2006.2.19追記
なぜ、2003年、この年に、インドへ行くことになったのか、今振り返ってみて理由があったことに気づく。
この年なぜか私は、「ゆくのは今年だ」と強く思ったのだ。インドに呼ばれた、といってもいい。
長年、10年以上も行きたい、と思いつづけていたインド。なぜ2003年に、あの時に、呼ばれたのか。
2004年の4月、私は仕事上の異動を経験する。それがきっかけで、うつ病になる。
うつ病。この状態では、インドに行くことはできない。気力も、体力も、足りない。
いつか完治するだろう、けれど、それにはまだ何年も、かかるだろう。
だから、2003年、インドが私を呼んだ。
インドに行ったこと、そして今、うつ病でいること。
運命の、流れなのだと、腑におちる。(2006.2.19)
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