「イエス巡礼」に収められた絵を見ていると、
私は仏像を見るときと同じ種類の感動をおぼえます。
絵も、仏像も、作った人がそれにこめた思いがつたわってきます。
そしてそれ以上に、これをどんな人間がどんな思いで眺めたか、
祈ったかと思うのです。
そう思うと、この一枚の絵は存在していた時間分のたくさんの思いを背負ってここに在るんだ、と感じるのです。
私は小さいころ教会学校に通っていたので、いろんなイエス様のお話を聞きました。そのなかに、イエス様のお話を聞きに集まったたくさんの人達が、ひと籠のパンと魚をわけあうお話があります。
イエス様のお話を聴きにきた人達はとても多くて、イエス様はみんなに見えるよう山の上からお話していたほどでした。 お話の後で弟子の一人がイエス様に、「みんなおなかをすかせています。でも、食べ物がありません。」と伝えました。 イエス様は少しも慌てずに、「誰か、食べ物を持っていませんか。」 とみんなに聞きました。 小さな男の子が小さな籠にパンと魚を少しだけ、持っていました。 弟子達はこれではとても足りないと嘆くのですが、それをイエス様がみんなに分けると、不思議なこと。 みんなおなかいっぱいになった上に、まだ余ったのでした。
イエスの起こした奇跡のひとつで、もちろん作り話、といって悪ければ何かのたとえなのですが、子供心に妙に印象に残ったお話でした。決してこの話は事実ではありませんが、真実だからのような気がします。
私がこの上なく物語を愛するのも、そこには事実より鋭い真実があるからなのだと、この本を読んで感じたのです。