Bob「一粒の砂」



Bobのライブに偶然出会い聴いた、「一粒の砂」という曲の以下のフレーズ

一粒の砂にさえも永遠を永遠をみたい
一輪の花にさえも永遠を永遠をみたい

このフレーズが私に思わせた「永遠」にまつわる思いを、書き留める。

なお、BobのWEBサイトはhttp://bob-bob.sakura.ne.jp/


「永遠」という言葉はいつも私に、アンデルセンの「雪の女王」を思い出させます。
雪の女王の城に閉じ込められ、心を凍りつかせたカイは、いつも氷のかけらで 形を作る遊びをしています。
けれど、カイが作りたい、ある形だけは、どうしても、作れないのです。
それは「永遠」という形でした。
雪の女王は、それが作れたらおまえに自由をあげる。それから全世界と、新しいスケート靴を あげる、というのです。
そして雪の女王が出かけたとき、カイを探して長い長い旅をしていたゲルダが、 城にたどり着きました。
ゲルダがカイを抱きしめて、涙をこぼすと、その涙がカイの心を融かしました。
そしてカイの目から涙がこぼれ、悪魔の鏡のかけらが流れ出て、カイはゲルダに気づくのです。
二人は手を取りあい、城を出ます。そのとき床には氷のかけらが、あの、「永遠」という 形をとっていました。

この話を読んだ子供のとき、なぜ「永遠」がここに現れるのか、わからないながらも ずっと胸に残っていました。
そして大人になった今、なぜ「永遠」なのか、わかるように、思うのです。
なぜカイがどうしても作れなかったのか。
なぜゲルダと共に出るとき、いつのまにか形作られるのかが。

どんなに堅固なものも、永遠ではありえない。
巨大なビル、岩、山でさえも、いつか崩れてゆく。
ましてや一粒の砂、一輪の花が永遠であることはない。

現実の世界には決してない「永遠」。
でも、人の心、想像力、思いの中にだけは、それがあるのだと、思う。
人の思いは、こんなにも自由で、永遠をみることができる。
人の思いだけは、現実を超えることが出来る。

それを「一粒の砂」は象徴する。
人の思いのはばたきは、こんなにも大きいと。
一粒の砂にも永遠をみられるほどに。
一輪の花にも永遠をみられるほどに。

恋人と遊園地に行ったある日、あまりにも幸せだったある日、
休憩に、と遊園地のベンチに座ってソフトクリームを食べた、
そのとき。
ああ、この、幸せな日はなんてはかないのだろう、
そう、不思議な気持ちがわきあがったことを忘れられません。

悠久の宇宙に比べて、まるで流星が燃え尽きる、その一瞬のようだと、 感じた、幸せすぎる一日。

その一瞬の思いは、私の中に永遠に残るでしょうか。
私の体が消えても、私の思いは、永遠であるでしょうか。


(2006.1.3)

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