昔は神様が許せなかった。
20年前(1997.8.26)の私の「沈黙」を読んだ記録には
こうある。
「神様は何もしない。奇跡は起こらない。
神がいるなら、あんな状況を黙ってみているなんて、許せない。」

一昨年洗礼を受けてクリスチャンになった。
なぜだかは、わからない。

私は神様にうらみごとをいう。
「どうしてこんな私にしたんですか」
「なぜこんなに苦しいんですか」
誰のせいでもないことは、
神様に訴えるしかないのだ。
こんなうらみごとをぶつけることすら、
神様を信じている証だと今の私はおもっている。

「沈黙」は「無い」ではのない。
そこに「沈黙」が「在る」のだ。

見えない、聞こえない「沈黙」の存在を知る。
なぜ沈黙しているかは、わからなくて、よいのだ。

池袋のサンシャイン近くにあった保育所を
訪ねたことがある
娘が生後数ヶ月の頃だ
家族3人で

こぢんまりとしたビルの上階にあったその保育所は
娘がその後通った公立の保育所と比べたら
おかしいくらいに

庭もプールもなく
床面積も
窓からみる空も狭く

はじめてみた保育所だったのに
ここで私の娘が過ごすのだろうかと
さみしい気持ちになったことをおぼえている

なにも 誰も 責めるわけではない
正解なんてない

都知事を選ぶ今
どうしようもなく
おもいめぐらすだけ
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今日の幸せ:
 祝日。娘と昨夜一緒に出かけた服飾店バーゲンでの
 戦利品を、あらためて眺めてはよろこぶ。

https://www.plan-international.jp/girl/
プラン・インターナショナル・ジャパンのプロジェクトだ。

私は女性だからという理由で
哀しいおもいをする人をへらしたいと思う
それはきっと
人生の選択の自由があるかどうかと
関係があると感じている

Because I am a girl

このプロジェクトは
女性にこそ教育を 力を とうたう
女性が世界を変えると

幸福な自由となるようにと
決して 新たな価値観の押し付けにならないようにと
願いをこめて支援するのだ

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今日の幸せ:
職場で暑気払いのお誘いを受けた。とっても楽しみ。

「あなたの神に出会う備えをせよ」
旧約聖書 アモス書4章12節

私は神に会う備えができていない
私は闇の中にいる
受洗しても くりかえし くりかえし 闇におちる
そんな私の心を
イエス様はノックする
ノックの音を
わたしは聴き取ることができるだろうか
わたしのこころは開かれているだろうか
わたしのこころを開くのが
自分なのか
あなたなのか
それすら私にはどうしようもないことです
私は
私の髪ひとすじすらどうしようもできないのですから
イエス様
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今日の幸せ:
帰宅中すれちがった我が娘。むちゃむちゃかわいい。

6月
人生で最大の喜びである記念日と
最も苦しいXdayがたてつつづけにある月

この日を過ごすために
何度も入院し
精神安定剤の処方を受けてそなえたり
してきた

今年は夫がそばにいた
自宅で
用意していた安定剤は使わず
すごした

とても辛い思考は あった
しかしそれを 思考は思考として それだけに留めた

翌日の診察でそう話すと 主治医は
「ごめんなさいね。でもね、そういう落とし穴は
これからも、あります。
ただそうやって、やり過ごしてゆくしか、ないです。」
といった
きっとそうなのだろう
なかったことには できないのだから
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今日の幸せ:
予定のない休日。快晴。

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