メイン

2008年12月28日

「パピヨン」清水玲子

白泉社文庫 2002年

今夜は、夫と娘がキッザニアというところへ出かけていて私は一人の夜。
ゆっくりした時間の夜に、この作品を読み事が出来て幸せだと思う。
「パピヨン」「MAGIC」「サイレント」の3作品が収録されている。

私は中でも「MAGIC」が好き。ただ美しいから。

銀河系で一番美しい女性「KANA」を恋し続ける物語。
水面に映る月のように、美しくても観ることしかできない、触れたとたんに壊れてしまう、
そんな恋と惑星「サシャ」。
そんな恋が、サシャが人間に与える「退化」または「若がえり」の力で永遠に続く。
恐ろしくもあり、美しくもある不思議な力で、
恋が永遠に恋のまま続くことに私は魅せられた。永遠に美しいままという夢。

今日は正月飾りを作って黒豆を煮ました。
皆様良い年をお迎えください。

papiyonn.jpg

2008年7月12日

「ぼくを包む月の光」日渡早紀1~4

白泉社花とゆめコミックス。1~5巻発行中。2005.6~

1~4巻をまとめ買いして今週一気に読みました。
「僕の地球を守って」次世代編として、輪と亜梨子の息子、連が主人公のお話です。
時々別冊花とゆめに掲載されているのは知っていて、
一度雑誌で読んだのだけれど、以来心の中でうずいていた思いが
このたび湧き出して本屋へ買いに走りました。
一番気に入りの話は「猫の橋渡ろう」(3巻収録)
輪が猫を飼いたいのに飼えない理由が、
シオンとラズロとキャーの思いと一緒に描かれて。
でもね。橋を渡れるようになるの。木蓮と紫苑と、何よりも蓮の力で。

近所の本屋には4巻までしかなかったのだけれど、
5巻まで出ているとのことなので、これからアマゾンで買おうと思っています。
送料考えると新刊で買ったほうが安いので、一緒に何を買うか、
アマゾン内をうろうろして考えます。
ST330086.jpg

翌日:この後買ったのは
"ボクを包む月の光 5「ぼく地球」次世代編 (5) (花とゆめCOMICS)"
日渡 早紀; コミック; ¥ 410
のほか
"ユルスナールの靴 (河出文庫)"
須賀 敦子; 文庫; ¥ 672
"知識ゼロからの着物と暮らす入門 (幻冬舎実用書 芽がでるシリーズ)"
石橋 富士子; 単行本; ¥ 1,365

です。届くのが楽しみ。

2008年4月 2日

「だいじょうぶ だいじょうぶ」いとうひろし

「だいじょうぶ だいじょうぶ」 作・絵 いとうひろし 講談社

私が一昨年入院していたときに、友人が送ってくれた大事な本。
「みちこさんはだいじょうぶ」というメッセージと一緒に。

頁をめくるごとに鼻の奥がツンとするのは、
「だいじょうぶ」というメッセージを必要とするのが私だけではないのだとおもうから。
喉の奥に息がつまるのは、
「でも、もしかしてだいじょうぶじゃなかったら?!」と泣くのをこらえるから。

胸に染みるのは、
こんな理不尽な世界だからこそ、
「だいじょうぶ だいじょうぶ」と語りかける優しさ。

感激、する。ありがとう。

ST330043.jpg


2008年3月19日

「正雪記」山本周五郎

新潮文庫 昭和46年初版

山本周五郎の「正雪記」を読んだ。
由比正雪という人の記。私はこの人を名前しか知らない。
予備知識なく、ただ読んだ。

由比の生きざまがいう。
武士が死に様にこだわって命を捨ててゆく。
死に様に何の意味がある。
ぎりぎりまで生き抜き、仕事をなすことこそ真の勇気だ。
たとえそのために惨めな死に様を曝すとしても、かまわないことこそ。

彼は充分に生きた。  ST330037.jpg


先週、「夜と霧」(ヴィクトール・E・フランクル)を読み返した。
その後繰り返し心に響くのは、
私が人生に意味を求めるのではなく、
人生が私に意味を求めているのだということ。

私がどう生きるのかに意味があるのだということ。

私は充分に生きることができるだろうか。

2008年2月24日

「こころの処方箋」河合隼雄

「こころの処方箋」を繰り返し読んでいる。
ST330028.jpg
新潮文庫。

「ものごとは努力によって解決しない」・・・・。いいなあ。
言われてみればそのとおりのこと。でも、わからなくなって心の迷路に入り込んでしまう私。

「灯りを消すほうがよく見えることがある」という章もある。
闇の中にまたたく灯りは、灯りをともして探し回っていたら見つからない。
暗闇は怖いけれど、私も灯りを消してみようかと思う。

幸せ:小さなブーケがテーブルにあること。ピンクのガーベラとチューリップの、初春の花束。

2007年12月15日

「無鹿」遠藤周作

(1997年5月、文藝春秋)
遠藤周作の遺稿とも言える4編の短編。
「無鹿」はラテン語で「音楽(ムジカ)」。大友宗麟が自分の夢を、神の国を地上に実現させようとした土地。
宮崎県延岡市無鹿。

遠藤周作の作品に繰り返し現れる「人生と生活」というキーワード。
彼の作品を読み始めた学生の頃からひっかかっていたこの言葉。
当時は「違いは何だろう?」と考えていたけれど、
働き、子を持ち、これが生活といえるものを自ら営む今、すこしづつわかる。
私の人生と私の生活。

ひとりで本を読んでいるとき。
それから、自分の日記帳に自分のための言葉を連ねているとき。
私は私の顔をしていると思う。
それを私の人生と呼んでもいい。

私の心は年老いることができるだろうか。
年老いて人生の深さに触れられるのならば、
早く歳をとりたい。
どう足掻いても、時間の流れを変えることはできないとわかりつつ、願わずにいられない。

2007年11月28日

「アンネの日記」アンネ・フランク

アンネの日記を読んだ。
数か月前に「夜と霧」を読んでいた私には
最後の1944年8月1日の日記の後、何が起こったかを
以前よりもずっと切実に想像することができる。

でも、この日記から私の感じたことはアンネの全身から発する
「私は生きている」
という声。

生きている、生きている、生きている。

その生命の発する声に圧倒されながら、読んだ。

2007年11月16日

「暁の脱出」栗本薫

グインサーガ117巻。
月間グインサーガの続く幸せな毎月。
来月もグインサーガ。
栗本薫という存在を人類に与えたなにものかに感謝する。

とうとうタイス脱出!はタイトルからわかっても、
その内容は素晴らしかった。「こうくるか!」という驚き。
物語が心を渦巻く。
今日も私はグインサーガの夢を見るだろうか。

071116_2326001.jpg

2007年7月28日

「となりのトトロ」宮崎駿監督

娘と今日「となりのトトロ」を観る。
テレビをほとんど知らずに育ったこの子が3歳くらいのとき、
一緒に観たくてDVDを買った。
この子は映像作品といえばトトロしか知らずに過ごした1年くらいがあるから、
きっと100回くらい観ているのではないかと思う。
6歳になった今ではビデオに撮ったプリキュアを繰り返し繰り返し観ているけれど。

みんながトトロに抱きついて空を駆けあがるシーンは、いつも涙がこみあげる。
どうしてなのかはわからない。

070728_1652001.jpg

2007年7月21日

「彼の生きかた」遠藤周作

1977年新潮文庫。

「も、もう人間の手の、と、とどかん場所に行こ。人間のよごれが、ち、近づかぬ場所に行こ。」
そういって一平は猿を連れ、山へ入っていった。

人間のよごれ。
私がたくさんのよごれを生んでよごれにまみれて、それでもそれを捨てられずに生きていることを思う。

2007年6月28日

「お茶を飲みながら」遠藤周作

1984年初版。集英社文庫。
今かばんのなかに入れて少しづつ読んでいるエッセイ。
遠藤周作の作品は全て読むつもりでいて、
著作一覧を見ても9割方は読んだと思っているけれど、
こういうエッセイ集は読んでいないのが残っている。
古本屋にいくたびに発掘がある。

「屈辱に耐えよ」
と彼が語る。彼の母校で、卒業式の祝辞に。
「屈辱に耐えられるということが、昔の日本人にとって大人となった決め手でありました」

私は子供なのだなあ、とあらためて思う。

長崎のエッセイを読めば、長崎に行きたいと深くおもう。
今大浦天主堂のマリア像の前に立ったら、わたしは、どんな思いが湧くのだろう。

2007年5月 5日

「タイタンの妖女」カート・ヴォネガット・ジュニア

早川文庫。1977年初版。
荒唐無稽、ユーモアにあふれたスペースファンタジーと人はいうのかもしれない。

ブラックユーモアというものに接するとき私は、自分の頭がとても悪いのだと思う。
読みはじめて最初は、設定の「荒唐無稽」さについてゆけずに、あわあわしていた。
自分とこの作品の距離がうまくとれなくて、どう読んだらいいのか悩みながら読みすすめた。

落ち着いたのは舞台が火星に移った頃だろうか。
そうして、通底する悲しみを抱える。

ビアトリスの最期の言葉。
「わたしを利用してくれてありがとう。」「たとえ、わたしが利用されたがらなかったにしても。」

現世のはなし。
牧師は平気で言うのだ。
「人間は全て神の栄光をあらわすために生きている」
「彼は神の器である」
そして私は抗う。生まれたからには、自分の意志で自分を決めたいと。
抗いの意味などわからない。抗うこの気持ちさえ、神に操られているのだとしても。

何度も繰り返し問う。「私はどうして生きているのだろう」。そして、「生まれたから」と答える。

070505_0832001.jpg

今日の幸せ:
ベランダガーデニング。日日草と、バジルを植える。
070505_0854002.jpg

2007年4月21日

「貧困の光景」曽野綾子

2007年、新潮社。
著者は言う。

「人間は本来、自分の人生で見たこともない状況を想像することはできなくて当然なのである」

そう、だから私はこの本を読んだ。
自分が想像できない光景を見た彼女が、淡々と、またくっきりと貧困の光景を描いているから。
保育器がないから、保育器に子供を入れる一日120円がないから死んでゆく、マダガスカルの赤ん坊たち。
垢だらけのぼろをまとってやってきて、支援物資として送られた服に着替えさせてもらったというのに、
その服を売って今日の食べ物を買うエチオピアの少女。
(そういうことになるから、服を渡すときに古い服は置いていかせるという規則があるのに、
曽野綾子はその規則を守らなかったのだ。)

今回の読書で、私の想像はどこまで届くだろうか。

2007年3月29日

「坂の上の雲」司馬遼太郎

文春文庫、全8巻。昭和43年4月から47年8月まで、4年半にわたりサンケイ新聞夕刊に連載されたという。

読み終わって放心し、さまざまな思いが交錯してまとまらずにいた。
ほんの少しまとめることが出来たのは、
「3人の主人公、正岡子規、秋山真之、秋山好古。
私自身が誰と重なるかと考えたならば、真之だと思う。」
「明治維新直後、国家が小さかった時代。
人間一人一人が、自分の力が直接に国家に響くことを信じ、またそのとおりだった時代。」
「戦争の形。
この作品で描かれた日露戦争以後、戦争は形を変える。」

そんなばらばらな思索。つづきは
http://www.vancool.com/mi/sakanouenokumo.html

070329_2048001.jpg

2007年3月15日

「秀吉と利休」野上弥生子

新潮文庫。初版1949年。(単行本は1944年)

利休が秀吉に切腹させられた、という知識はあった。
何故だろう、と漠然と感じていたから手にとった本なのかもしれない。
私は本を主に著者で選ぶけれど、野上弥生子作品を読むのはこれが初めてだ。

利休の高弟、山上宗二の人生、最期が胸に沿う。
私もこういうふうに生きたい、そう強く思う。

070315_1208001.jpg

2007年2月 6日

「父と暮せば」黒木和雄監督作品

井上ひさしの原作を読み、この映画を見る。


原作をそこなわず、映画だからできることをめいいっぱいに使って、伝える。

1945年の8月6日。8時15分。広島。

そこで何があったかを、くっきりと伝える。

そして3年後。原爆を生き残ってしまったひとりの女性の苦しみを描き、
苦しみを通した「生」を描く。

だから「にんげんばんざい」と思う。

最期の台詞の前の1シーン。彼女が晴れわたった笑顔でわらう。

070206_1254001.jpg

2007年2月 1日

「父と暮せば」井上ひさし

戯曲。

喫茶店(タリーズコーヒー)で読んでいた。
あいにくとハンカチを忘れていた。
涙が鼻を伝わって、てっぺんに溜まってカウンターにしたたった。
(まあ私が涙を流すのはところかまわず、珍しいことではないのだけれど)

夕飯のシチューの材料と、ビールを買って帰った。

たまねぎを刻みながら、「人間ばんざい!」と祝杯をあげた。

作品に圧倒されて今何も言えないのだけれど、
ただ、この作品の存在をもっと多くの人に知ってもらえたら。
酒を飲みながら、そう思ってこの文章を綴る。

新潮文庫。平成13年初版(単行本は平成10年初版)
2005年に黒木和雄監督にて映画化されたそうです。
DVDを注文しました。

この本を読んでものすごく
暮しの手帳96号 特集「戦争中の暮らしの記録」が欲しくなる。
何年も前に小さな図書館で読んだもの。これも注文する。

070201_1651001.jpg

2007年1月 5日

「最後のラブレター」鴨志田穣

辛くて酒飲んで辛くて飲み続けて血吐いて女房子供に去られて。

自分よりちょっと辛い人間の書いたものに慰められて、何やってんだ、自分。



今日の幸せ:やさぐれていたところに母から電話がくる。今日の夕飯はカレーだという。私もこれから作ろうと思う。

2007年1月 3日

「タイスの魔剣士」栗本薫

グインサーガ111巻。
血沸き肉踊る、とはこのこと。
著者もあとがきで書いていたけれど、
「すっごく少年ジャンプだったかも」「少年マンガで育ってしまった血」です。
グインが次から次へと強敵を打ち破ってゆく姿。その戦闘の描写。

ドーカスの長槍の動きなんて、夢に出てくるくらいリアルな描写。

そして「地獄のひき」。タイトルの「タイスの魔剣士」、って、「白のマーロール」ですよね?
マーロールとの対戦先っぽだけ見せておいて、次は次巻、だなんて、ほんと少年雑誌!

少年ジャンプ全盛期(って読売新聞より発行部数多かった時期、80年代までですね)に
弟と争うように愛読した私としては、久しぶりに血が沸いたのです♪
070103_1534001.jpg

今日の幸せ:・・・え?ひとりでぼやぼやとフルーツワインハーフボトルを昼間に空けたことでしょうか?

2006年12月23日

「大草原の小さな家」ローラ・インガルス・ワイルダー

なにひとつない大草原に、ほんとうに何もないところから
生活を築く。
ただ、今読み返すと、インディアンに関するたくさんのお話が胸に刺さる。
福音館書店で独自に付け加えたのだろう、
巻末に「アメリカ・インディアンのこと」と題して4ページにわたる文章がある。
彼らの歴史。白人が彼らに何をしたか。今、彼らがどう戦っているか。
それでも今なお残る差別。そして彼らの「自然と共に生きる暮らし」が
優れた文明ではないか、と。
チャールズとうさんはインディアンを差別しない。
ただ、彼らの時代に白人とインディアンの関係がとても不幸であったことははっきりと読み取ることができる。
幼いローラが、そのまっすぐな心で「ここはインディアンの土地だと思ったのだけれど。インディアンは、怒らないの?」と
疑問を持つのだ。
黒人も現れる。一家をマラリア(作中では「おこり熱」)から救う医師として。



今日の幸せ:本物の虹を見る。娘にとっては生まれてはじめての虹。「おおきい!」と。

2006年12月20日

「大きな森の小さな家」ローラ・インガルス・ワイルダー

子供のころからあこがれていた。
すべてが美味しそうで、楽しそうなローラの暮らし。
豚の解体。あぶって食べる豚のしっぽ。
細かい肉で作るソーセージ。
さきっぽを編んで天井からぶら下げるたまねぎ。
かえで糖(メイプル・シュガー)のあめ。
かえで糖を煮立てて、雪を盛った皿にたらして固まったところを食べる。
まっさらにつもった雪の上にうつぶせに倒れて、人型をつくる絵つくりごっこ。
キャロラインかあさんはいつだってバターを作ったり、パンを焼いたり、
することが山のようにあるのに。
チャールズとうさんはいつだって狩に出かけたり、畑の世話をしたり、
とても忙しいのに。
今の私の生活の忙しさと違うのは何故だろう。
いつの間に私たちの多くは、直接に自分の衣食住のためではなく、
お金を稼ぐために忙しくなってしまったのだろう。



今日の幸せ:焚火。焦げたところもあるけど余計に美味しい気がするやきいも。

2006年9月18日

「ハチミツとクローバー10」羽海野チカ

物語が終わりを迎える。
私はいつも、終わらない物語が欲しい。
それでも終わってしまったこの物語について、
ひとつのまとまった文章を書こうと悩む。
「竹本君の成長物語」の視点から書くか。
一般に言われるように「純愛」?
「人間の生きる意味」
「何をして死までの時間を過ごすか」

どの視点かで自分の心の深くに降りていこうとする。
すると、少し降りたところでどうしようもなく胸が痛む。

何も書けずにいる。
060918_0544001.jpg