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2009年2月28日

最終講義

昨日、母校の卒論指導教官が(恩師と言っていいのだろう)
定年退職なさるというので
最終講義&パーティに行ってきた。

卒業以来10年ぶりに教室に入り、講義を受ける。
音声学の日本での第一人者である彼の講義は、
最後まで本当に面白かった。
学究の徒についている方だけでなく、言語学の学生もたくさん集まり、
賑やかな講義となった。


同期で院に進学した彼と出会う。
今では彼は日本の音声学を担うホープ。
今回退職する先生の後の「音声学概論」を彼が非常勤講師として受け持つという。
私も彼も大学1年生の時に受けていた講義を、
卒業して10年後の今、同期の彼が担う、なんて、
私も彼も考えてもいなかっただろう。

退職なさる恩師は、良くも悪くも挑戦的で、退職なんて言葉が似合わない
お元気さだった。
退職して来年度は私立の大学へ勤められるという。

言語学を学んで、音声学を学んでよかったとあらためて思う。
今も講義に出て本当に面白いと感じることができる。
身の回りにあふれる言葉を、拙くとも学問的な視点で楽しむことができる。

私は、大学で学んだことが一生の趣味になったのだ、と
幸せに思う。


2009年2月23日

もつ煮

江古田という街のお志ど里って飲み屋に何度か行った。
もつ煮が旨い。\450。定食にすると\550。
このもつ煮一皿で生中が3杯呑める優れ物。
最後の夜、と思ってどうしても食べたくて、今ここにいる。


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2009年2月16日

ダイワスカーレット引退…。

上野駅のキオスクで夕刊のビラを見た。
「スカーレット引退」
肝心のその夕刊は売り切れ。
私の勘違いを願って列車の中でWEBを検索する。
携帯電話って便利になりましたね。
あー、ショック。足の炎症で競馬からダイワスカーレット引退、との記事を発見。
大好きな騎手の乗る、大好きな馬だった。
あの圧倒的な有馬記念が最後になった。
もっとずっと夢を託させてもらいたかった。
でも、ありがとう。貴女が走る時代を共有できて、幸せだった。
本当にありがとう。

2009年2月14日

幸せ。朝の気配りと笑顔。

通勤途中の朝、思い出すと今も微笑める幸せなことがあった。
いつものようにカフェオレだけ飲んで出勤する朝、
通勤途中で珍しく「おなかすいた」と思った。
幸い少し時間もあった。
だから、駅の立ち食いそば屋さんで、かけそばを食べた。
3分で食べて、食器を下げる途中、男性とぶつかった。
反射的に「すみませんー」と私が言うと、彼も「ごめんなさい」といった。
互いに謝りあえただけで100ポイント。

ぶつかった勢いで、かけそばのつゆが手にかかった私は、
店の外でハンカチを出し、手を拭いていた。
するとさっきの男性が、「どうぞ」とポケットティッシュを笑顔でさし出してくれたの!
「あ、ありがとうございます」と私が言うと同時に彼は去っていったけれど、
その気配りと笑顔で、
通勤の気の重さが、どれだけ救われたことか。

小さなことといえば小さなこと。
でも、私はこうやって土曜の夜に思い返して、
また気持ちを温めている。
ありがとうございます。こんな気持ちが巡り巡って、
また誰かをあたためられたらいい。

2009年2月11日

銭湯

知らない街で、
銭湯に行った。
銭湯にはその街の生活が染みついてる。
住んでいる人だけが銭湯にいる。
通う人、通りすがる人は決していない。
その銭湯は、
私の街の銭湯よりお湯が熱くなくて、
湯船にゆっくりつかった。
常連の女性達が、
「今日は早いねえ」
「お先に」
と言葉を交わす。
やっぱり黄色いケロヨンの風呂桶で安心した。
こんな街に少しだけ、
私は住んでいる。
今日そう思った。

2009年2月 4日

やめましょうよ。

そう言われるとわかっているのに「やめましょうよ。」と言ってもらうために、自分のしたことを告げる。
わかっているのに、自分ひとりではやめられない。
でもそんな自分を許す。
誰かの力を求められること、「助けて」と言えること、
それってとてもえらい。
自分で自分の面倒を全てみられるより、きっと強い。