« ひとつの病である自死 | メイン | ただあなたの優しさだけがこわかった »

「タイタンの妖女」カート・ヴォネガット・ジュニア

早川文庫。1977年初版。
荒唐無稽、ユーモアにあふれたスペースファンタジーと人はいうのかもしれない。

ブラックユーモアというものに接するとき私は、自分の頭がとても悪いのだと思う。
読みはじめて最初は、設定の「荒唐無稽」さについてゆけずに、あわあわしていた。
自分とこの作品の距離がうまくとれなくて、どう読んだらいいのか悩みながら読みすすめた。

落ち着いたのは舞台が火星に移った頃だろうか。
そうして、通底する悲しみを抱える。

ビアトリスの最期の言葉。
「わたしを利用してくれてありがとう。」「たとえ、わたしが利用されたがらなかったにしても。」

現世のはなし。
牧師は平気で言うのだ。
「人間は全て神の栄光をあらわすために生きている」
「彼は神の器である」
そして私は抗う。生まれたからには、自分の意志で自分を決めたいと。
抗いの意味などわからない。抗うこの気持ちさえ、神に操られているのだとしても。

何度も繰り返し問う。「私はどうして生きているのだろう」。そして、「生まれたから」と答える。

070505_0832001.jpg

今日の幸せ:
ベランダガーデニング。日日草と、バジルを植える。
070505_0854002.jpg

コメント

こんにちは。だいぶ遅くのコメント失礼します。

わたしもヴォネガットを読んだはじめは、距離感が掴めなくて戸惑いました。
どちらかといえばリアルな現代小説が好きなので、
SFジャンルは苦手で。
なぜこんな手法で書かなくてはならないんだろう?とも思ったり。

でも読むうちにじわじわと悲しくて
SFだからこそ悲しさが際立って
不完全なこの世界では、浮遊したような物語でなければ
真実は語れないのかもしれないとも思いました。

こんな難しい解釈はどうでもよくて、
みちかぶらさんがふだん好んで読むジャンルとは違うものを読んでいただけたのがうれしい。

>やえさん

わたしこそうれしいのです。
やえさんのおかげでこの作家に出会えたから。
レイ・ブラッドベリと並べて
好きな外国SF作家に入りそうです。
ありがとう。