二度と会いたくない男性
懐かしい面子での飲みに誘われた。
誘いの文句が彼らしくて、行くよ、と返事をしてから、
「最初はさあ、俺とTとKと、3人でいいかと思ったんだけど、せっかくだからさ」と
聞いて、私は凍りついた。
「ごめん。Kが来るなら行けない。」
怒られた。でも、行けない、と言い張った。
Kの歓送会の知らせはもちろん無視した。
顔も見たくない、昔、もう10年近くも昔、つきあったことのある男性。
つきあった、とも呼べない。まともな人間関係じゃあなかった。
彼にとって私は、道具でしかなかったから。
私は、愛情を注ぐ対象を求めていた。
彼は幼すぎて、女性を道具としか扱えなかった。
私は傷つきつづけて、でもその傷に気づかないふりをしつづけた。
最後に会ってしまったときにも、やはり道具であることを求められた。
終わって、ただただ空しく、哀しくて、やっと自分の傷に直面した私は、
「これで終わりにしよう」と決めた。
今も、憎いのだ。私を道具にしたあの男が。
そうされることを許した自分が。
憎しみを握り締めているから、いくら年月が経っても、過去のことにならない。
忘れたい。時間が洗い流してくれる、そのままに任せたい。
けれど、憎しみを手放せない。
許すしかないと、わかってはいるのだ。
コメント
会いたくない人に無理をして会う必要はないよ。
あと10年、20年もすれば自然に憎しみも忘れるでしょう。
許そうとも思わなくていいよ。
投稿者: kui_maky | 2006年12月15日 00:06
会いたくない人の1人や2人、
あったとしても別に不思議じゃないですよ。
そういうこともあります。
会わないほうが自分にとっても相手に
とっても良いことってあると思いますよ。
投稿者: なおさん | 2006年12月15日 17:08
いいのでしょうか。
憎しみを握り締めたこの手から、
時間はいつか洗い流してくれるのでしょうか。
指の隙間から零れるように。
それまでは憎しみ続けて、
どんな接触も拒みつづけて、いいと、自分を許していいのでしょうか。
投稿者: ミチカブラ | 2006年12月15日 20:31
国府台コミュから来ました。いきなりのコメントで失礼します。
わたしもやっぱり、そんなに無理して会う必要も許す必要も無いって思います。 もし、ほんとにいつか、許せるかもって思うときが来たら自然に「会ってもいいかな?」ってなると思いますし。 ご自分ばかり責めなくてもいいと思いますよ☆
投稿者: おれんじあさひ | 2006年12月16日 10:25
事情を知らない人間が
勝手なこと言ってごめんなさいね。
接触を避けること自体は別に
問題のあることとは思いませんが、
憎しみ続けることがご自身に
とってよい結果を生むようには
あまり思えません。
自然に縁が切れてゆくのを
静かに待っていればよいのでは
ないかというのが個人的な
意見です。
投稿者: なおさん | 2006年12月17日 09:48
>それまでは憎しみ続けて、
>どんな接触も拒みつづけて、いいと、自分を許していいのでしょうか。
いいんじゃないの?
みちかぶらちゃんの人生において必要な要素じゃないのよ。
むりに繋ぎ直すことも繋ぎ止めることも
きっと必要のない相手なんだと思うよ。
頭でわかっていても年に何日かは
心に響くかもしれないけれど。
その憎しみは一方通行かもしれないけれど。
って1割は自分へのメッセージだったりして。
つまりはね、誰にでもそういう過去はあるってこと。
投稿者: しほ | 2006年12月18日 00:15
「許そうとも思わなくていいよ」と書いたけど、
憎み続けるのではなく、できるだけ考えないようにしてはどう?
多分憎めば憎むほど忘れられない。
それではいつになっても、時間は洗い流してくれないと思う。
できるだけ早く、君の心の傷がいえるといいなと願います。
投稿者: kui_maky | 2006年12月20日 02:55
そう、年に何日かの事なんです。
こんな傷が自分の目に見えてしまうのは。
普段は忘れてる。
ただ、なかなか癒えない傷なだけ。
憎しみを握り締めていることは辛いのです。
早く手放したいのに、
見えてしまうと、やっぱり手放せていないことに気づく。
時間が洗い流してくれますように。
皆さんありがとうございます。
投稿者: ミチカブラ | 2006年12月20日 20:06