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二度と会いたくない男性

懐かしい面子での飲みに誘われた。
誘いの文句が彼らしくて、行くよ、と返事をしてから、
「最初はさあ、俺とTとKと、3人でいいかと思ったんだけど、せっかくだからさ」と
聞いて、私は凍りついた。
「ごめん。Kが来るなら行けない。」
怒られた。でも、行けない、と言い張った。

Kの歓送会の知らせはもちろん無視した。

顔も見たくない、昔、もう10年近くも昔、つきあったことのある男性。
つきあった、とも呼べない。まともな人間関係じゃあなかった。

彼にとって私は、道具でしかなかったから。
私は、愛情を注ぐ対象を求めていた。
彼は幼すぎて、女性を道具としか扱えなかった。
私は傷つきつづけて、でもその傷に気づかないふりをしつづけた。

最後に会ってしまったときにも、やはり道具であることを求められた。
終わって、ただただ空しく、哀しくて、やっと自分の傷に直面した私は、
「これで終わりにしよう」と決めた。

今も、憎いのだ。私を道具にしたあの男が。
そうされることを許した自分が。

憎しみを握り締めているから、いくら年月が経っても、過去のことにならない。
忘れたい。時間が洗い流してくれる、そのままに任せたい。
けれど、憎しみを手放せない。

許すしかないと、わかってはいるのだ。

コメント

会いたくない人に無理をして会う必要はないよ。
あと10年、20年もすれば自然に憎しみも忘れるでしょう。
許そうとも思わなくていいよ。

会いたくない人の1人や2人、
あったとしても別に不思議じゃないですよ。
そういうこともあります。

会わないほうが自分にとっても相手に
とっても良いことってあると思いますよ。

いいのでしょうか。

憎しみを握り締めたこの手から、
時間はいつか洗い流してくれるのでしょうか。
指の隙間から零れるように。

それまでは憎しみ続けて、
どんな接触も拒みつづけて、いいと、自分を許していいのでしょうか。

国府台コミュから来ました。いきなりのコメントで失礼します。
わたしもやっぱり、そんなに無理して会う必要も許す必要も無いって思います。 もし、ほんとにいつか、許せるかもって思うときが来たら自然に「会ってもいいかな?」ってなると思いますし。 ご自分ばかり責めなくてもいいと思いますよ☆

事情を知らない人間が
勝手なこと言ってごめんなさいね。

接触を避けること自体は別に
問題のあることとは思いませんが、
憎しみ続けることがご自身に
とってよい結果を生むようには
あまり思えません。

自然に縁が切れてゆくのを
静かに待っていればよいのでは
ないかというのが個人的な
意見です。

>それまでは憎しみ続けて、
>どんな接触も拒みつづけて、いいと、自分を許していいのでしょうか。

いいんじゃないの?
みちかぶらちゃんの人生において必要な要素じゃないのよ。
むりに繋ぎ直すことも繋ぎ止めることも
きっと必要のない相手なんだと思うよ。

頭でわかっていても年に何日かは
心に響くかもしれないけれど。
その憎しみは一方通行かもしれないけれど。


って1割は自分へのメッセージだったりして。

つまりはね、誰にでもそういう過去はあるってこと。

「許そうとも思わなくていいよ」と書いたけど、
憎み続けるのではなく、できるだけ考えないようにしてはどう?
多分憎めば憎むほど忘れられない。
それではいつになっても、時間は洗い流してくれないと思う。
できるだけ早く、君の心の傷がいえるといいなと願います。

そう、年に何日かの事なんです。
こんな傷が自分の目に見えてしまうのは。
普段は忘れてる。
ただ、なかなか癒えない傷なだけ。
憎しみを握り締めていることは辛いのです。
早く手放したいのに、
見えてしまうと、やっぱり手放せていないことに気づく。
時間が洗い流してくれますように。
皆さんありがとうございます。

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