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ものを書く人間の覚悟

私は、1997年から自分のホームページというものを持ち、
拙いながらも文章を綴り、公開してきた。
文章を書くということは自分をさらけ出すことだ。
それは他人が読んで快いものばかりではなく、
苦しいもの、悲しいもの、憤りを呼ぶものをも、ある。

私は、口当たりの良い思いだけを綴ろうとは思わない。

そして私は、未熟さ故に
「難しいものをやさしく、やさしいものを重く、重いものをおもしろく」(井上ひさし)
綴る術を持たない。
だから私は、自分の文章を公開するための覚悟はしていたつもりだった。

しかし近年、mixiというツールが出現し(mixiを知らない方には申し訳ありません)、
自分の直接の友人、身内が私の文章を容易に読み、また読まれていることを知る、
この環境にあたって私はもう一度、覚悟を改めるべきだったのだ。
友人や身内の中には、現実の私を知っているだけに、現実の私とつながりがあるだけに、
私の文章に傷つくことも、嫌悪することも、多いだろうと。
そのために私は、友人や身内の心を失うことがあると。

私は怖くなった。もう何も書けないと思った。

しかし、私という人間の業。私は、書きたい。
人の心に届くべく、自分の喜怒哀楽をまっすぐに示して。
自分の心をさらけ出すほかに、人の胸を打つ方法を私は知らない。

一生のうちに一作でいい、小説を書きたいと望む人間として、
私は書こう。誰に読まれようとも、どんな感想をも、怖れずに。

今日の幸せ:チラチラと雪の舞う中、旧いニワトリ小屋の解体を手伝う。唇に落ちる雪弁の冷たさ。写真は新しいニワトリ小屋。

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