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死のうとしたこと

たくさんの人にコメントやメッセージやメイルで、
怒られ、悲しみを訴えたれた。
生きろといわれた。
辛さをわかってくれた友人もいた。「明日を信じていいよ」と。

みんなごめんなさい。
私を愛してくれるみんなを裏切って死を選ぼうとする私を、
許さなくて、いいです。

わかっているの。本当は幸せに生きたいのだと。

それなのに、時に死が私を引き寄せる。

睡眠薬で死ねなかったあと、手首も切った。
裸眼(0.02)でバイクに乗って大通りを走った。
電信柱に激突するのは、渋滞の大通りでは難しかった。

それでも死なずに今生きている。
ねえ、どうして私は生きているの?
どうして死ねないの?

体は生きようとしているのだと、以前友人に言った。
どんなに死にたくても、心臓は脈打ち、息は止められない。

ごめんなさい。そしてありがとう。

コメント

俺も君が生きている限り元気だ。君が生きている限り誰かに元気を与えていることは忘れないで。

あなたを創った神さまが、まだ死ぬときではないと言ってるんだよ。
あなたのために、こうしたらいいんじゃないか、という考えがいろいろ頭をよぎる。
だけど、浅はかな私には本当によいことがわからない。
すぐに会いに行きたいけど、それは私の我儘かもしれない。

あなたの幸せを祈ってます。

君の日記に対して、無責任なコメントをするのが怖くて辞めようかと思った。
でも、この日記を読んでコメントしないことは何だか逃げている気さえした。だからコメントします。

君は僕ら夫婦の小さな命が消えたとき、「ご夫婦に小さな命があったことを、 私たちも心に留めていようと思います。 ささやかながら。」とメッセージをくれました。

俺は、小さな命に「成仏して、パパとママと2人のお姉ちゃんを見守っていてね」って、毎月お寺にお線香をあげに行っています。
もうすぐ1年が経ちます。

君が、今でもきっと俺たちの小さな命を心に留めていてくれていると思っています。
でも、記憶と存在の違いはとっても大きい。
俺は、君のことを記憶ではなく、存在としてミクシィの日記に題名が載るたびに心に留めています。

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