もも


帰省する。
母に甘えるために。
父の相変わらずな姿を見るために。
静けさを吸うために。
里山の遅い春をゆっくり眺めるために。
母であることも、家事労働人であることも、病人であることもやめて、
ただの私になるために。
いつもの台詞。あ~、今日はなんだよ。
蜘蛛がいたか?人形が落ちてたか?ああ、ったく忙しいのに・・・・
、と、思ったら。わあ!やったあ。
君の満面の笑顔。

ときに、言葉などよりずっと直接に、
心に響く。抽象に響く。
言葉にするとこぼれおちるものが大事で。
音楽を愛す、ひとりの小説家のつぶやき。

piano: 松永貴志
bass: Ugonna Okegwo
drums: Eric Harland
Takashi Matsunaga Trioとして一定の成果をあげたといえるアルバム。
このtrioになる以前には、どうしても松永貴志一人で引っ張っている、
ベースとドラムスがいまひとつ、ついて行っていない感があった。
このtrioは3人がそれぞれに自分の思うとおりに奏で、
その響きがはしゃぎあい、挑発しあう。
オリジナル曲では「神戸」
ジャズクラシックでは"On Green Dolphin street"の解釈に胸打たれる、
この2曲が好きだ。



この世の中には、人の手の及ばない喜びがたくさんある。
生命の誕生と成長、木々の芽吹き、季節ごとに咲き誇る花。
この世の中には、人の手の及ばない哀しみがたくさんある。
病、死、貧困。
その喜びをたたえるために神がいるのだとおもうことがある。
この哀しみを訴え、呪うために神がいるのだとおもうことがある。

昨晩Bob(http://bob-bob.sakura.ne.jp/)のライブに行った。
そのギター弾きの手は、親指と小指の爪をながくながく伸ばしていた。
たくさん弦をおさえるために。
触れると少しざらついて、しっかりとした、力強い指。
この指が、あの魔法のような響きを紡ぐのだ。
そしてあの響きは、まるで魔法のようだというのに、
わたしの触れるこの、一本一本の指が奏でているのだ。


テレパシー(思念波)は、
遠く離れた相手と意志を伝え合うことが出来る。
言葉を介さずに。
携帯電話で「いまどこ?」とメイルを送り、返事をもらうとき、
これはテレパシーだと、思うのだ。

ふちかざりのたくさんついたドレスを着て、お姫さまが立っている。
しなやかな手足、かしげた首、波うつ髪。
雪柳が好きだ。
