「遠い朝の本たち」須賀敦子
いつも胸に響く文章を綴る女性が、
自由が丘の小さな書店でこの本を渡される。
その気持ちが私にまでとどいて、私はこの本を買った。
遠い朝。人生のあけぼの。子供時代、学生時代。
人生がなにものであるか、知らなかったあの頃の本たち。
私は今、朝をすぎ、人生は翳りの中で時おり幸せがきらめく、
そういったものなのかもしれないと感じはじめている。
そして、人生の朝に読んだたくさんの本たちが、
私の根っこにあることに感謝している。

いつも胸に響く文章を綴る女性が、
自由が丘の小さな書店でこの本を渡される。
その気持ちが私にまでとどいて、私はこの本を買った。
遠い朝。人生のあけぼの。子供時代、学生時代。
人生がなにものであるか、知らなかったあの頃の本たち。
私は今、朝をすぎ、人生は翳りの中で時おり幸せがきらめく、
そういったものなのかもしれないと感じはじめている。
そして、人生の朝に読んだたくさんの本たちが、
私の根っこにあることに感謝している。

現在日本で出版されている第二部まで読了したところで、
わたくしの好きな西欧ファンタジー物語の中での位置付けを考える。
母は、このドラゴンライダーシリーズを「指輪物語の次に位置する」
とかなり高く評価していたが、私の中ではもう少し落ちる。
1位:「指輪物語」(J・R・R・トールキン)
2位:「ナルニア国物語」(C・S・ルイス)
2位:「ゲド戦記」(ル・グウィン)
3位:「エラゴン」・「エルデスト」(クリストファー・パオリーニ)
3位:「闇の戦い」(スーザン・クーパー)
4位:「果てしない物語」(ミヒャエル・エンデ)
4位:「ハリー・ポッター」(J・R・ローリング)
ここに挙げた物語は好きなものばかり。好きな中であえて序列付けるとすれば、だ。
そしてクリストファー・パオリーニが、こんな古典ファンタジーの中に位置付けられるような、
素敵な物語を描いてくれたことを、幸せに思う。

草原にねころぶと、さえぎるもののない一面の空。
木々をゆらす風、湧き水の流れる音。
藪をかき分けて歩く。野ウサギがおどろいて逃げてゆく。
散歩道の脇には、枯葉からちょっぴり顔をだす、
まぶしい黄緑色の、ふきのとう。
点在して住む人たちが小さな地球遺産と呼ぶ、
静かな森で過ごした。

楢の木に電動ドリルで穴あけ

種駒菌を槌で植込む

植込まれた楢の木

こちらはなめこの種駒菌。桜の木に植込む。

ドラゴンライダー、古代語をあやつる魔法。
世にはエルフがおり、ドワーフは精巧な細工物をする。
私はアラゲイシアに住む。

実家は森の中。
冬季には、新聞屋さんが配達を父にまかせる。
早朝、父と一緒に車で。
「○○さんは朝日。縦長のポストにあわせてたたんで。」
「△△さんは読売。ポストが小さいから、三つ折にしてね。」
取り出しやすいように。
チラシがばらばらにならないように。
新聞をポストに入れる。それだけの行為の中にある、心配り。


世界一美味しいと思う。
徒歩8分ほど離れた、この街で愛されているケーキ屋さんの
シュークリーム。
ねえ、美味しいシュークリームが食べられるって、
なんてしあわせなんだろうね。

帰って来たときの誇らしげな笑顔。

忘れずに「幸福」と数えよう。

私は、やりたいこと、やるべきことを、いつも精一杯やるのが好きだった。
目の前のことを一生懸命に、できるかぎり、やるのが好きだった。
そうやってずっと生きてきた。
それなのに、
体は一つしかないからか、
心は一つしかないからか、
私の役割がいくつも増えて重たくなったからか。
私の心身は限界を訴えた。
目の前の全てに精一杯になってはいられないの?
どうやって生きていったらいいのか、私は、わからずにいる。

「もう死んでしまおう」
そう思う気持ちに、2種類ある。
ひとつは、辛くて苦しくて、この辛さが続くから、
明日も明後日もいらない、という気持ち。
もう一つは幸せで満ち足りて、
何もかも十分だという気持ち。
叶うなら、後者の気持ちで人生を終えたい。
叶うならば。
前者と後者の気持ちが激しく入れ替わる、
酔っ払いの戯言。

私にはおひなさまがなかった。
それは、私ができちゃった結婚の子供だったからかもしれない。
私が生まれた頃、ひどく貧乏だったからかもしれない。
母が気にしなかっただけかもしれない。
いま私は、私の中の小さな女の子のために、
おひなさまを飾る。
桃の花を生ける。
母としてではなく。女の子として、おひなさまを眺める。


私はおしゃべりだ。
初対面の他人に、120しゃべる。
友人には、200しゃべる。
身内には、300しゃべる。
しかし、自慢だが私の内面世界は深く広い。
私の思考は、たとえば500ある。
自分で自分の思考世界に、溺れて苦しくなる。
そんな日は、思考を停止させるために、一人で酔う。
