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差別からの自由

「私は差別をしない」
この社会に生きながら、そんなふうに言える人を私は信じない。
差別とは、人間のみにくさを利用した社会構造だから。

私自身は、どのくらい差別に捉われているだろうか、と自省する。

部落差別・・・からは自由。
学歴差別・・・捉われている。
身体障害者差別・・・からは自由。
知的障害者差別・・・捉われている。
お金持ちと貧乏人の差別・・・捉われている。
人種差別・・・からは自由。

たまたま自由であれただけかもしれない。
一度捉われた差別構造から、脱出するためには
大変な努力と運が必要だと、思う。

コメント

差別も色々あるけど、時に差別しないことを意識しすぎて、逆にそれが差別を強く意識させてしまうことがあるよね。

例えば、男女差別は程度の問題はあるにせよ、身体的な違いから差別が発生することは当然だと思う。
それをムリに無差別にすることは逆にいやらしさを感じる。

人は、それぞれの環境の違いによってソーシャライズされるわけで、それをムリに差別化しないことのほうが不自然だと思う。

差別をしないなんで絶対ムリだよ。
絶対しない人の方が、きっと強く意識しているんだよ。
そう思うな。

「差別」のない社会を単純に考えるとするならば、それは完全な「弱肉強食」の社会ということになると思います。

そうだとすれば、単なる「反差別」ではなく、「反差別・反抑圧」こそが必要なのではないかと考える昨今です。

ちなみにオイラも、自分自身を「差別から自由な人間」だとは全く思えません。

部落差別からでさえも、です。

また、ゆっくりお話したいですね。

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